書籍案内:日本語で読める「社会言語学」の教科書~PART 2
だいぶ前に、日本語で読める「社会言語学」の教科書をまとめた記事を書いた。
前回は、2000年以前のものを集めたが、今回はそれ以降のものを集めた。
それ以降のものを集めたが、再読・レビューが終わらないうちに、松浦年男氏のブログ記事「言語学 初学者のための100冊」(
101冊の言語学書大行進 - researchmap )にも協力させていただいた。松浦氏の記事には、松浦氏の考える「社会言語学」の範疇をあまり外さないようにという忖度があり、ごくわずかしか推薦しなかったが、やはりいろいろな社会言語学の概説書があり、それぞれに個性があり面白く、いろいろ考えるヒントになると思うので、ぜひ全てどこかに紹介しておきたいと思っていた。
全冊のレビューは実は終わっていないのだが、未完でも公開して随時微妙な修正を行っていくのが時代の潮流なので、その軽さにのっていくことにする。
2002 (1993の翻訳)
バスクに関する言語社会学・言語政策等を専門とする萩尾(1962- )が、植民地主義と言語の関係等の著作のある、仏語圏の著名な言語社会学者(「社会言語学者」と区別してそのような線引きをしていいかどうか自体議論の余地があるが)カルヴェの書いた書籍を翻訳したもののようである。
2006
方言や台湾の日本語系クレオールの研究で知られる真田(1946- )による編著。34人で執筆。当時までの日本語を中心とする社会言語学の先行研究を網羅したもの。日本の伝統的(?)な社会言語学の歩みを理解するには最適な教科書。
2009
米国で教鞭をふるう南雅彦による教科書。トラッドギルの『言語と社会』や、ラボフの書いた著作などが日本では社会言語学の古典として扱われるが、トラッドギルやラボフは英語圏で英語に関する研究を行っており、おそらく教えるのも変異理論を中心とした方言学~社会言語学なのだろう。南のように、米国で英語学科に所属していないと、こういう「文化」や多言語、異文化間コミュニケーション、リテラシーの格差にも言及するような授業を教えることになるのだろう、ということが窺える。
この書籍の初版は、日本語で初めて「コードスイッチング」が具体例とともに掲載された社会言語学の教科書 だったに違いない。東はオバマ元大統領の演説等の研究もしており、スピーチスタイルに関心があるようで、語用論~社会言語学がお好みなのかもしれない。すみません、まだこの新しい版はきちんと目を通せていません。
2012
はじめて学ぶ社会言語学―ことばのバリエーションを考える14章
- 作者: 日比谷潤子
- 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
- 発売日: 2012/02
- メディア: 単行本
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書名に 「バリエーション(variation)」という語がつかわれている。言語の形式を扱うタイプの社会言語学は、英語では、variationist sociolinguisticsと言われ、変異(variation)を研究する学問である。有名なWilliam Labovは、variationist sociolinguisticsの父と言われる。
2013
上記の日比谷(編著)が変異を扱う言語形式を追う社会言語学なら、こちらはディスコースや語用論や社会構築的なジェンダー言語学にも目を配ったタイプの教科書である。
私が本務校で非言語学専攻の1年生に教養としておすすめしており、社会言語学の教科書としてどれをおすすめするかと聞かれたら答える本が、これである。文章の書き方系の本を多く出版している著者だけあって、読みやすいし、社会言語学に関心のない人でも気になるような質問とその答えという形式になっている。多言語使用に関しても言及があり、コードスイッチングなども最も偏見や誤解なく明快に書かれていると思う。一方、方法論やこの分野の歴史や現象の詳細といった専門的な知識については、他の社会言語学の教科書に譲るだろう。
2015
寺沢拓敬さん絶賛の社会言語学の教科書。社会言語学の分析対象や理論を自明視していない点が、類書と異なるのかもしれない。私からしてみたら、講義をそのまま書籍にしたような教科書で、少し読みづらく感じた一方、著者の社会言語学者としての葛藤や、伝えたいことも直接伝わってくるようにも思う。
よくわかる社会言語学 (やわらかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ)
- 作者: 田中春美,田中幸子
- 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
- 発売日: 2015/09/20
- メディア: 単行本
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2015年に出版されたのに、知識は最新ではないし(結構ご高齢の著者らが学生時代に海外で勉強したこと、そしてそれらを基にこれまで大学で講義にしていたことをまとめたのだろう)、よく見たら著者らはどうやら社会言語学が専門でもなく(お名前を聞いたことがなかった)、社会言語学の研究をしたことがないのでは(業績が社会言語学ではない)と思わせた。「セミリンガル」なんていう表現も平気で載っていた。ましこ・ひでのり氏も酷評している(ましこ 2016 社会言語学 XVI(2016) )。おすすめしない。
2017
購入しておきながらまだ読んでいないが、井上逸兵氏はGumperzの理論に造詣が深く、翻訳に関する章もあるので、またこれまでの社会言語学とは異なるタイプの教科書なのではないかと、楽しみにしている。
近々購入予定。
著者のお一人からご恵贈いただいたばかり。まだ読んでいないのだが、社会言語学の研究対象としての「言語」を問い直したり、コミュニケーションと社会に関する批判的な論考がみられるようだ。あ、これは基本概念を解説した「教科書」ではないかもしれないので、他書と同列に並べない方がよかったかなあ…。
まとめ:「社会言語学」にもタイプがある
ここまで来ると、「社会言語学」の教科書には、大まかにいくつかのタイプがあることがわかるだろう。
1. 訳書 (英語・非英語圏で、それぞれの「社会言語学」の成り立ちと関心、方法論の違いを見ることができる)
2. 変異理論(variationist theory)など、言語形式の変異の研究を好むタイプ (変異理論は英語圏発の理論)
3. ディスコースや異文化・異言語間コミュニケーションを扱うタイプ (英語圏留学経験者によるものが多い)
4. 変異理論にも多少影響されながらも、日本の方言学等の流れを汲んだ、(方法論や視点など)日本で培われた社会言語学を扱うタイプ
5. 「社会言語学」自体を批判的にとらえようとするもの
もちろん、これらの多少の重複もあるかもしれない。
関心によって、どの教科書を選ぶかが大きく異なるのだが、どの社会言語学の教科書が一番「正統な社会言語学」というのはないので(知識が古い、著者が社会言語学の研究をしていない、というのは論外だが)、いろいろ読んでみると発見があるかもしれない。と、べたなまとめでとりあえず筆をおこうと思う。
思い出したころにまた随時加筆修正をしていきたい。