ALL iz thiik hai! 一社会言語学者のブログ

社会言語学&バイリンガリズム&南アジア系移民 研究を中心とした自分の思索の記録 ALL iz thiik hai とは、訳すと「ALL is オーケーだ」。かなり色々なものをかけたマニアックで深ーい表現。

パキスタンがどこにあるか忘れても、聞いてくれればいい

イランを「アラブ諸国」扱いしてしまったアナウンサー

 

私は幼少時から地図が好きで、幼稚園のとき、世界地図帳を買ってもらった。今でも30年以上前発行のその地図帳は自宅にある。ソビエト連邦、西ドイツ、東ドイツが載っている。そう聞くと、だいぶ世界が変わったような印象だが、変わっていない部分もだいぶある。例えばイラン周辺の国境線が変わったかどうか、素人の私にはわからない。

 

オリンピックの開会式の中継番組で、イランの入国時に、NHKのアナウンサーが「アラブ諸国もね、徐々に女性の活躍というのが、目立つようになってきましたね」と述べたらしい。番組内で、後に訂正をしたらしい。

 

NHK五輪開会式でイラン入場時に「アラブ諸国」と言い間違え豊原アナ謝罪(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

 

NHK痛恨の失敗だった。しかし、個人のミスだし、NHKとして訂正を出したわけだから、このような間違いをとやかく責め立てるつもりはない。「アラブ諸国」というのは、「イスラーム教徒が多数派の国々」という意味だったのだろう。日本では「イスラーム」ないし「イスラーム国」「イスラム国」「イスラム圏」「イスラーム教国」と「アラブ諸国」と「中近東(中東)」をごっちゃにしている人は少なくない。

 

物事は教科書のようには簡単にはいかない

イランは確かに地理的に中近東にある国であり、イスラーム教を国教とし、文字もアラビア文字(に文字を足したペルシャ文字)、女性は頭を覆う国であるという漠然としたイメージがあれば、いわゆるコアな「イスラーム教の国」である「アラブ諸国」と間違えやすいだろう。アラブ諸国は、我々こそがイスラーム教の生まれの地であり、全世界のイスラーム教徒の文化的中心であるという自負があり、そう宣伝している。そのような言説に触れていたら、イランもその傘下にあると誤認してもおかしくない。

 

世界地理や世界史が選択制だったり、その知識が全員にとって重要と思われていなかったりする日本だから、しかたないとも思う。多くの大学では関連する授業はあるが(うちにもある)、必ずしも履修するわけではないし。また、地理的文化的に遠い国の政治文化社会についてよく知らないのは、日本に限らないだろう。例えば、日中韓がごっちゃになっているイギリス人も少なくないだろう。

 

知識として語彙や認識が「正され」れば解決するものではない。上述したように、動いている世界の中で、名前や前提条件とされた知識は移り変わっていく。大事なのは、そのような認識の移り変わりがありえることを知っていて、ある程度準備しておくこと、間違えたら素直に認めその機会に学ぶこと、なのではないだろうか。

 

イランにもアラブ系の人々がいる

なお、イランはアラブと関係がなく、ペルシャ文化に誇りを持っているのでアラブとは異なると認識すべき、という「常識」がなかったことが非難されているように見えるらが、イランにもアラブ系の人々がいるらしいので、国家のマジョリティ文化(ないし対外的に強調したい側面)だけを称揚する言説に加担してしまうのには注意しなければならないそう。

 

 

 

パキスタンはどこ?中東?

イランをアラブ諸国という人は、パキスタン(英領インドから独立したイスラーム教を国教とした国)のことも中東と呼んでしまうだろう。英語のMiddle Eastにはパキスタンは含まれないだろう。地域研究者の間ではパキスタンは南アジアという認識だが、そういう認識をしつつも、イスラーム文化圏ということで、パキスタンの研究は日本南アジア学会だけでなく日本中東学会でも扱っていたりする。つまり、研究者も地理的な境界は理解しているが、目的と用途に合わせてちょっと違うことをしていることもあるので、誤解を招くようでややこしい。

 

政治体制や社会状況、文化は変わるので、必ずしも一般の「知識人」としてすべての最新状況を把握していなければならないとは思わない。私はたまたま一般の人よりちょっとだけ「中東」とその周辺のエリアについて知識があったが、世界のどの地域に関しても同程度の最新の状況をもっているわけではない。また、ここまで堂々と書いてきたが、それぞれの地域の専門家が見たら、間違ったことを書いているかもしれない

 

私は主に中堅校で教えているので(?)、例えばイランがアラブ諸国と言われても、パキスタンが中東と言われても、特にびっくりしないし非難しない。絶対にバカにしない。「そんなのもしらないのか」という態度もとっているつもりはない。正直、名門大学や有名大学の出身者だって、いくらだって同じ間違いをしているのを知っている。偏差値や「教養」の問題ではない。(ちなみに、自分の出身大学より偏差値が下の学生??を十把一絡げにバカにする人をネット上の言説で見るが、中堅大学でも知識があるないし学ぶ意欲のある学生は結構いるので、偏見を是正してほしい、社会悪である)

また、パキスタンはウルドゥー語、インドはヒンディー語、と英語以外の公用語ないし共通語がそれぞれあるが、この2言語の名称は違っていても、簡単な話しことばならほぼそのまま通じるので、パキスタンでインド映画が見られているのをしらない人も多い。

うちの実家の家族は、学歴は置いておいて、何度も聞いているはずだが、おそらくいまだにうろ覚えだ。または、そろそろ忘れかけている頃かもしれない。うちの実家の人たちは、中東と南アジアと時々東南アジアまでまぜて「そういう系」みたいな言い方をして私に確認の質問をよくしている。

 

先日はある大学教員に「パキスタンって厳密にはどこだったっけ」と聞かれた。率直に聞いてくれて、よかった。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥

知ったかぶりで間違っている方が恥ずかしいと私も思う。でも、私も知っていると思い込んでいて、きっとあのアナウンサーのように、気づかずにいろいろと自分の恥をさらしているのだろう

というわけで、パキスタンとかウルドゥー語とか、何がなんだったんだっけ、と忘れたら、私に何度でも聞いてください。私はパキスタンの専門家とは言い切れないですが、パキスタンの専門家は、日本にもそう沢山はおらず、聞きづらいかと思うので。