読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ALL iz thiik hai! 一社会言語学者のブログ

社会言語学&バイリンガリズム&南アジア系移民 研究を中心とした自分の思索の記録 ALL iz thiik hai とは、訳すと「ALL is オーケーだ」。かなり色々なものをかけたマニアックで深ーい表現。

宝塚歌劇『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』 星組@東京

  大変幸運なことに、『恋する輪廻オーム・シャンティー・オーム』の宝塚版を見ることができた。しかも、私の初・宝塚鑑賞となった。

 

f:id:rikayam111:20170118142805p:plain

 (ポスター | 星組公演 『オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

f:id:rikayam111:20170121160059p:plain

ポップで「マサ―ラー」な舞台。そして『オーム・シャンティ―・オーム』のロゴ。

ほら、ミラーボールも!

想定通り。わくわく♪

 

 

  宝塚の人気公演はチケットがとりづらいと聞いていたし、ファンクラブでもなくチケットゲットの裏技もしらない私がチケット争奪戦に勝てるわけがないので、インバウンドモニターのためのチケットの案内が出たとき、即座にゲットした。

 通常販売を逃したり、通常販売で4分で売り切れたためチケットをとれなかったという、インド映画好きの友人知人もいたので、似たような境遇の人たちの関心のためにも、一応メモ的なものをここに記しておこうと思う。ちなみに、先に述べた通り、私は宝塚鑑賞は初なので、宝塚の世界というか流儀というか、そもそもどういう設定でどういう劇をやっているのか詳細を知らないので、そういう点はご理解いただいて読んでいただきたい。

 

 また、念のため、オリジナルを知らない人のために本家映画版の日本の予告編を貼っておこう。

 

 "Om Shanti Om"の公開は2007年、日本では2013年らしい。

 私は、1~2年前くらいに、GyaOでようやく見た。レンタルビデオ屋さんで借りられる、数少ないインド映画だろう。思ったよりずっと面白かった映画だった。

 


映画『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』予告編

 

 日本版の予告編もポスターもタイトルも「輪廻」や衣装を前面に打ち出すことで、「インド」感をガンガンに出しているが、実際の映画は結構洋服は着ているし、舞台セットも洋風なものが多い。挙句の果てに、2回のクライマックスで使われる、『オペラ座の怪人』ばりのセットまで出てくる。

 

 さて、映画版の話はあまりしないでおいて、宝塚版はどうだっただろうか。(他の記事同様に、見たことある人を前提に話を進めている。)

 

 一言でいうと、「かなり原作に忠実だった」である。

 

 私は映画は一度しか見ていないが、「そうそう、こんなシーンだった」、と思ったし、家に帰ってから、ミュージックビデオを見返してみたら、「おお、ここまであの舞台では再現されていたのか!」といたく感銘を受けた。

 

 映画版と宝塚版との大きな違いは、殴るけるのアクションシーンがほぼなくなり、シャンティーが目立たなくなったことだろう。(想定内)

 

 プログラムには、演出家がインドに行っていろいろな経験をして、それが劇に反映され、いろいろとはっちゃけたマサラ色の演出になってしまった、とあったが、正直そんなでもなかった。(少なくとも私の目から見れば)

 

 しかも、日本語の歌詞がうまく歌に乗っていたので、とても心地が良かった。歌詞はおそらく原語版とは結構違うのだろう。しかし、素直できれいな言葉とか、宝塚劇にぴったりのことばが乗っていて、うまくマッチしていた。原語で「オーム・シャンティー・オーム」と歌っていたところは、そのまま「オーム・シャンティ―・オーム」と歌っていたので、気持ちがよかった。「ダルデディスコ」もそのまま「ダルデディスコ」とうたっていた。私が原語の歌詞を十分に理解していないということもあるかもしれないが、劇団四季ミュージカルの曲の英語→日本語よりも語りっぽくていい。また、歌で話が進行し舞台が変わっていったといってもおかしくないので、それに合った語りの要素を含むものだった。

 正直、綺咲愛里演じるシャンティはところどころ音が外れているというか、なんか間違いがあったように聞こえたが、紅ゆずるはさすが、星組トップ、主役オームとして、申し分のない歌だった。ムケーシュ役(悪役)の礼真琴もとてもよかった。映画と比べると、シャンティのダンスや衣装のセクシーさがあまりない。でも、9割以上が女性である宝塚の観客にはそれが正解。「エキゾチック」な世界の不幸な女優に感情移入しに来ていない。情感溢れる女性の表情や、挑発的な、あるいはエキゾチックなダンスが見たい人は、がっかりするだろう。シャンティが過度にエキゾチック化された異国の女性として描かれたわけではなかった点も、原作の視点に忠実だ。この劇は、紅ゆずるが主役で、主役が紅ゆずる、いや、オームで、(映画とは違って)その華麗な宝塚男役スターとしてのオームを楽しむものなので、女性が素晴らしくなくていいのだ。

 

 振付には、一部映画版ないしボリウッドで現れる動きが結構用いられている点も、好感がもてた。しかも宝塚だから、平均的なミュージカルより断然上手。一部、前半だったか、ステレオタイプ的なインドポーズ(掌を直角にまげて上にむけられているもの)があった。これは、映画にあっただろうか。ボリウッドでもあまりないような気がするが、日本人による「インド」感の演出だろうか。Mock Spanish(別記事参照)について書いたばかりだったので、実際はインド人がやっていないステレオタイプ的な表現だったら…とちょっと考えさせられた。ただ、この使用はごく一部に限られた。

 

 第一場だったか、みんながテニスウェアとかインド服とか洋服とかいろいろな服を着ているのは、統一感がなくていまいちだと思った。インド感もしないし。(オリジナルは、みんなが一斉にテニスウェアを着ているダンスシーンがある)第一場はあまりいいと思わなかった。

 

 レッドカーペットの上で、シャンティのショールがなびいて、オームが近づいていく(映画版だと、ショールがオームのブレスレットにひっかかって、ひっぱられていく)シーンは、スローモーションで演じられた。映画を見たことがない人がどう思ったかはわからないが、個人的にはとてもよかったと思った。

 

 二人が一夜のデートをするシーンは、映画版ではあんなにたくさん西洋の建物があったので、それを想定していたが、そうではなくて、白黒映画と動かないセットの車(家で映画版のミュージックビデオ見返したら、ここで使われていたんですね)と夜と月と二人のためのテーブルが再現されていた。やっぱり原作に大変忠実だ。

 

 オームが死んだシーンは、わかりにくかった。オームはそのまま倒れてしまったのだろうか。だけど、その直後に「交通事故で運び込まれた人はお亡くなりになりました」というシーンがあるので(オームが死んで、同時に赤ちゃんが生まれたシーンだけでも十分だったにもかかわらず、ストーリーとして原作に忠実だ…)、映画見ていなかった人にとってはわかりづらかったのではないか。

 

 話の大筋とはずれるのだが、一番大きな違和感がひとつ。オーム・カプールは、オーム・プラカーシュの母親をずいぶんと虫けらのように扱い、足で蹴って立ち退かせたのにはびっくりした。あそこまでひどかったっけ、と思ったら、夫も同じところにひっかかったらしく、終わってから「オーム・カプールは原作よりも暴力的だったね」と述べた。インド映画では、たとえ貧しくても、老人を蹴散らしているとものすごい極悪人になり、むしろ主役から悪役に引きずり降ろされるんじゃないか。日本ないし宝塚の文脈ではきっと、「甘やかされなんでも自分の思う通りにしてきたわがままな王子様」は、そういうこともするのかもしれない。

 

 Intertextualityも面白かった。オームが火に飛び込んだ後、親友のパップ―が「オペラ座の怪人」をにおわす発言をするとか(さすが宝塚に来る層は、みんなピンとくる)。途中、シャンティ―改めサンディーのダンスレッスンでは、PPAPをやってみせるとか。あれは可笑しかった。男優賞のノミネートには、「『きっとうまくいかない』のアーミール・カーン」も登場した。『きっとうまくいく』の格好をしていたので、これも笑えた。原作にはアーミール・カーンは登場していなかったように思うが、宝塚ファンにはわからない、日本のインド映画ファンに向けた、ニクい演出である。感謝。

 

 宝塚劇場はさすがドレス衣装が美しいので、最後のマスカレード張りのシーンも、人数のわりに迫力があった。長い布がたなびいていたが、家でビデオ見たら、原作でもたなびいているんですね、すごいわ(原作に忠実だ)。行けなかった知人に、シャンデリアはどうだったか聞かれたが、大きいシャンデリア一つ、というわけにはなっていなくて、ムケーシュを狙うシャンデリアは、光によって再現されていた。

 

 まあとにかく、歌と、忠実なストーリーラインと、音楽に合う歌詞と、衣装と、小道具と、大変原作に忠実にかつうまく宝塚版にアレンジされていて、大いに楽しめた。映画『オーム・シャンティ―・オーム』は、そもそも『オペラ座の怪人』をにおわせていたので、通常のインド映画よりはずっと、宝塚のキャパシティと宝塚のファンにぴったりだった。この、インド視点→日本視点、インド映画世界→宝塚世界、をうまく縫合させた、数々の優秀なスタッフの偉業をここに讃えたい。さすが宝塚である。